築山花棒踊り
更新日:2009年4月1日
この踊りは、他の多くの郷土芸能が装いを凝らし、手振りや身振りに極度の舞踊的技巧を加え多種多様の楽器の合奏を取り入れたものが多いのに対し築山花棒踊りは、その装いが極めて質素で内容が武術から転化したもので、拍子木のほか楽器を用いず士気がみなぎり男性的な勇敢さをもって終始され郷土芸能としての優秀さと地方的流派的特色を示すものであり特に貴重なものです。
起源は江戸時代の終わり頃、武士を捨て、小代山南麓の浮田池畔で余生を送っていた浮田松四郎の閑居に小笠原真影両流の護身術と棒術の奥義を蓄積した素浪人から両流の護身術と棒術の伝授を受け、後に3人の百姓に伝えられ、この地全体に普及するところとなった。
しかし、この棒術が純粋な武術であり、時節柄農民には御法度ものとされていたため、武術としての型を消すために踊り手に持つ棒の両端に色房の飾りを取り付け、棒の操作と身振りに幾分かの振り付けを加味して舞踊的傾向を帯びたものにし、当時流行した唄の音頭に合せて一斉に踊るようにした。こうして新しく編み出されたのが萩尾の棒踊りです。
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