菊池川流域日本遺産の紹介 第4回 降雨を祈るまつり
米作り、二千年にわたる大地の記憶 〜菊池川流域「今昔『水稲』物語」〜
菊池川流域(玉名市・菊池市・山鹿市・和水町)は、2,000年前から現代に至るまでの米作りに関する有形文化財、祭りや食文化、文化的景観が残されている稀有な場所であるとして、平成29年4月に日本遺産の認定を受けました。
日本遺産とは、文化庁が平成27年度から開始した事業です。文化財保護法等による文化財保護制度とは異なり、指定文化財・未指定文化財の枠を超えた「我が国の文化伝統を語るストーリー」として観光などに活用し、地域活性化につなげていくことが目的です。
第4回 降雨を祈るまつり
米作りには、土地と水が欠かせません。現在のような用水施設が整っていない時代、水不足は米の収穫減少に直結していたため、米を作る人々にとっては死活問題でした。「苦しいときの神頼み」の言葉があるように、水不足になると人々は踊ったり、太鼓をたたいたりして、雨が降るように神へ祈りました。
玉名市内には「大野下雨乞い奴踊り」が伝わっています。玉名市岱明町大野下にある八大龍王神社と大野下八幡宮で、毎年7月の最終日曜日に奉納されます。踊り手は白法被に姿に陣笠を被った江戸時代の参勤交代時の奴のいでたちをしており、手には御幣と「雨降ろう」という言葉にかけた「フロウ豆」を付けた竹を持つのが特徴です。
加藤清正の頃(江戸時代初期)、干拓工事によって岱明町大野下付近には新たに水田ができました。しかし、井手など用水施設が整っていなかったため、干ばつになると数日間神社に泊まり込んで、雨乞いの祈祷をしていたと言われています。これに太鼓や鉦、踊りが加わり、江戸時代に現在のようなかたちになったを考えられています。踊りの動作には「こぶしで天を突くことで龍神を怒らせて雨を降らせる」「腰を落として足で地を踏み固め豊作を祈る」という意味が込められているとのことです。
戦前は水不足のときのみ不定期で行われていました。しかし、用水施設の普及により水不足に悩まされることがなくなった現在は、大野下八幡宮の祭礼「総ごもり」に組み入れられ、毎年奉納されています。
このほかに菊池川流域には、菊池市の住吉日吉神社雨乞い太鼓、山鹿市の迫雨乞い太鼓踊りや相良雨乞い踊り・小坂雨乞い踊り、和水町の米渡尾ひゅうたんまわしが伝わっています。
令和5年度の奉納日
令和5年度の大野下雨乞い奴踊りは、7月30日(日曜日)に奉納されます。
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