肥後四位官郭公墓
肥後四位官郭公墓(ひごしいかんかくこうぼ)
【種別】史跡
【面積】91平方メートル
【指定年月日】平成19年5月15日
【所在地】玉名市伊倉南方1347番地
【所有者】財務省
【内容・特徴】
四位官郭公墓は、船津に通ずる御幣振坂から約20メートル東方、通称鍛冶屋町に存在します。「しいかんさんの墓」と呼ばれ、伊倉町の人々及び近郷の里人から親しまれ、大切に保存されてきました。四位官郭公は中国福建省海澄府内海澄縣の出身で、江戸初期日本に在留した朱印船主であり、幕府より朱印状を得てコウチン、ルソン方面にジャンク船を航行させました。四位官郭公墓は、その子珍栄が元和5年(1619)に建立したものです。四位官郭公墓は近隣の唐人墓とともに玉名の近世初期における国際的、経済上の役割を明示すると共に、玉名においての日本在留明人の活躍を示す学術上極めて貴重な文化財です。
南北に伸びる長方形の境内は甚だ広く、その形状及び技法は中国風で福建南部の様式と共通性を有しています。南に面する斜面を利用して地面を凹字状に掘りくぼめ、中央に礎石磐上に6つの雲脚をもつ石櫃を置き、石櫃中央に小形雲脚3個をもつ鏡板石が設けられています。その鏡板の全面は、額縁様にふちどり、上部中央左右に雲形を彫り、雲形間に2つの円を浮彫し、その上に皇明と彫られています。中央に「元和己未年仲秋吉旦 孝�鞆覲垳�墓 海澄縣三都男国珍栄立」との銘文が陰刻されています。鏡板の両脇、即ち石櫃の後部左右にほぼ波形袖石をそれぞれ1枚設け、また石櫃の左右にはそれぞれ3段の長方形の石を重ね石櫃を囲み、参道には所々石段を敷き両側には手すり石が設けられています。
【地図】
参考事項
市登録有形文化財「伊倉北八幡宮麒麟香爐」は伊倉北八幡宮祀記によると肥後四位官明人郭公により奉納されたものという。また市登録文化財「肥後四位官郭公墓出土青磁」は隣地家屋建設の造成工事の際に出土し覚真寺に納められたものです。
郭公墓周辺には伊倉本堂山に振倉謝公墳、さらに天水町立花に明人林均吾墓が残っています。
























このページは玉名市独自の基準に基づいたアクセシビリティチェックを実施しています。



































