企画展 「石井了介版画展 -白秋詩歌シリーズを中心に-」
石井了介は、明治31年7月26日熊本県の玉名郡南関町外目で生まれました。石井家は、この地方の旧家で、父貴道は南関町長を19年間務めています。また、有名な詩人北原白秋は、了介の従兄にあたります。小さいころから絵を描くのが好きだった了介は県立玉名中学校(現・玉名高校)を卒業後、京都絵画専門学校へと進みました。大正9年、東京美術学校への入学を果たした了介は結城素明、松岡映丘に学ぶ一方、白秋の妹婿であり版画家・洋画家である山本鼎の紹介で日本画家・平福百穂の門下生となり画塾「白田舎」へ通うようになります。
卒業後は、山本鼎の日本農民美術運動と児童自由画教育運動を手伝うことになり、昭和2年には石原辰子と結婚しますが、生活は苦しく農民美術研究所の仕事のほかに、白秋の童謡集や児童図書の挿絵かきのアルバイトをして生計を立てました。そんな中、第8回帝展に出品した日本画「村の小学校」が初入選を果たします。また、この頃に了介は鼎から木版画の製作技法を学んでおり、これが晩年の木版創作活動の基盤となります。
昭和5年、農民美術研究所を退職した了介は、帝展への再入選を目指して日夜制作に励みますが、落選の日々が続きます。昭和8年には師である平福百穂が死去。昭和15年農民美術研究所が閉鎖。そして、昭和17年11月北原白秋が死去。父貴道の病状悪化もあり、26年間の東京生活を終え南関町の生家へと引き上げます。昭和18年2月、父貴道が現職町長のまま死去。了介は農業の傍ら南関高女の図画教師を勤めることになります。この頃から木版画の制作を始めますが、昭和22年に町会議員、26年には南関町農協長、そして42年には南関町長を務めるなど、地方政治家として慌しい日々を送ります。
そんな了介が日本画から木版画へと制作転向を決意したのが、50歳後半のことです。昭和32年、木版画「阿蘇の外輪山」が第13回日展に待望の初入選を果たすと、その後は牛や鴨などを題材にした力強い大作で、76歳までに10回の入選を果たします。昭和53年、第6回熊本県芸術功労者賞を受賞。同年9月には、熊本県文化懇話会の名誉会員に推挙されます。晩年に打ち込んだ「白秋詩歌版画シリーズ」の制作は、昭和59年、86歳老衰でなくなるまで続きました。
展示期間
平成12年11月1日(水曜日)〜平成12年12月21日(木曜日)
会場
玉名市立歴史博物館 こころピア 企画展示室
開館時間
午前9時〜午後5時(入館は4時30分まで)
主催
玉名市立歴史博物館こころピア
観覧料
- 一般300円(※210円)
- 大学生200円(※140円)
- 高校生以下は無料
※括弧内は20名以上からの団体割引
チラシ
図録
平成12年11月1日発行 A4版カラー32頁 販売価格800円
購入方法については刊行物のご案内をご覧ください。
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