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企画展 西南之役120年 「戦場そして基地高瀬」

更新日:2005年1月1日

高瀬の戦いとして総称される現玉名市内での戦闘は、西南の役の転換点となった重要な戦いでした。この戦い以後、薩軍は北進することなく吉次峠(玉東町)田原坂(植木町)で大決戦に望むことになるのです。 戦闘の中心が田原坂方面に移ってからは、高瀬には軍団病院・大本営・仮県庁が置かれ、兵站基地となります。2月27日、北上する薩軍に米を略奪されることを恐れた官軍は、高瀬御蔵に火を放ちます。 この結果、高瀬御蔵と周辺の永徳寺村が焼失します。また、同日高瀬町の3分の1も焼失します。1番大隊1番小隊長として西南之役に参加した西郷隆盛の末弟西郷小兵衛は、永徳寺で敵弾を左胸に受け負傷、民家(橋本家)の雨戸に乗せて西郷隆盛の本営に運ばれる途中絶命しました。当時31歳。「身幹長大、状貌秀偉、挙止沈着、言語寡黙」(佐々友房評)といわれます。

西郷松子書簡の画像


小兵衛に雨戸を貸した民家(橋本家)には、小兵衛夫人松子氏の書簡6通が残っています。この礼状は、昭和10年に小兵衛の石碑が建立されたことに対する礼状です。橋本家は、長年にわたり小兵衛の墓所管理を行っていました。

高瀬官軍墓地の画像西南之役による熊本県内での官軍戦死者は数千名にものぼり、県内に21カ所、玉名市内では高瀬町字北屋敷に官軍墓地が設置されました。現在高瀬官軍墓地は発掘・改装を経て公園となっています。高瀬官軍墓地の埋葬者は、田原坂・吉次の戦いで負傷し、高瀬町の軍団病院(町内の10カ寺程度)に収容された後死亡した人が大半で、全395人(内警視隊墓地18人)に上ります。

展示期間

平成9年2月25日(火曜日)〜平成9年4月6日(日曜日) 

図録

戦場そして基地高瀬」の表紙の画像平成9年2月25日発行 A4版白黒24頁 販売価格300円

購入方法については刊行物のご案内をご覧ください。


 

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